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やさぐれ歯科医院

白い天使クリスチャン・ゼル博士を目指す歯科医の戯言

インプラント死亡事故について

2007年5月に東京の飯野歯科八重洲診療所で起きたインプラント埋入時の死亡事故ですが、前にも書いた通り僕はあの先生を擁護する気は全くありません。それほど酷すぎました。

ちなみにネット上での詳細は多分こちらが一番詳しいです。

歯科インプラント手術死亡事故の原因と結果、教訓

事の経緯に興味があったので裁判記録と司法解剖結果の論文を取り寄せてみました。

時間経過

大雑把に書いていきます。

5月18日 初診。

4日後の5月22日に上顎4本、下顎4本の計8本のインプラント手術予定。


5月21日

患者が埋入本数の多い事を不安に思いインプラントセンターへ電話、22日は下顎だけ手術予定とした。

 

5月22日 インプラント手術当日

13:30 手術開始 下顎左側埋入から開始

13:54 血圧 202 / 102 脈拍 94

14:25 血圧 217 / 95  脈拍 97

14:30 左下4本埋入終了。

右下5番相当部へのインプラント体(12mm)埋入開始。一度は埋入したが初期固定が得られなかったため、インプラント体除去し再ドリリングして再埋入。

アバット装着中に患者が異常な反応を示した(詳細不明)。

口腔底が膨隆していたためインプラント体を除去、ドリリング窩より出血確認。10分ほど圧迫止血。

14:40 止血したため再埋入開始。

14:46 SpO2:81〜82% 

14:50 再埋入直後から患者が苦しいと言って突然動き始める。パルスオキシメーター外れる。スタッフ含め4人で患者を抑える。患者、唸り声を上げて体をばたつかせる。院長、東京医科歯科大学の口腔外科に所属していた息子に応援要請。息子は電話を受け御茶ノ水から八重洲へ車で移動。

14:55 患者突然静かになる。パルスオキシメーターつけたところSpO2:48%。酸素吸入開始。自発呼吸あり(?)。

15:00 口唇にチアノーゼ症状。脈触れず。胸骨圧迫開始。AED装着。

15:05 息子到着し人工呼吸開始、救急車要請。

15:20 救急車到着したが患者は心肺停止状態。聖路加国際病院へ搬送。

 

5月23日

09:18 死亡確認

問題点

裁判で争点となったのは

「舌側皮質骨穿孔によって血管損傷が生じることについての予見可能性の有無、即ち、当時の医療水準において、当該穿孔によって血管損傷が生じ得ることが知られていたかどうかにあった」

でした。

検察側の主張

「大学歯学部の教育や一般歯科医師に広く読まれる文献(雑誌含む)、幅広い層が参加する講演会でも報告や注意喚起がなされていたことから、被告人は血管損傷の危険性を容易に認識し得た。」

 

弁護人の主張

「当時インプラント治療を行っていたほとんどの開業歯科医師は下顎臼歯部の舌側皮質骨を穿孔することが生命の危険をもたらすような大事故につながる行為であることは知られておらず、むしろ、下顎臼歯部付近では、オトガイ下動脈や舌下動脈は下顎骨から離れた部分を走行しているから安全な場所であると理解されていたのであって、被告人に予見可能性はなかった。」

当然のことながら、お互い譲らず真っ向からぶつかります。

判決

「下顎臼歯部付近の舌骨皮質骨の穿孔の危険性は、インプラント治療を行う臨床歯科医師にとって、かなり知られていたことが推認でき、少なくとも容易に知り得る状況にあったものと認定した。そして、本件における被告人の術式については、一般的には用いられていないものと認定し、被告人の述べる有用性についても、科学的根拠がないから採用し得ず~中略~舌側皮質骨を穿孔したとしても血管損傷の危険性はないものと軽信し、ドリルを挿入する角度及び深度を適切に調節せずに挿入した点で過失がある旨判示した。」

被告は禁錮1年6ヶ月 執行猶予3年となりました。

要は「詳しい血管名や走行は別として解剖学的には血管が変な走行している場合も多々あり、盲目的に下顎臼歯部舌側ぶち抜くのはとりあえず危険!くらいは常識、あとその術式は一般的なものではなく、あなたがやりたいだけでしょ」

と被告に対してはバッサリとダメ出しです。

そりゃそうだ。妥当な判断だと思います。

周りでも話になりましたが、裁判で主張していた

「前歯部であればともかく、まさか第二小臼歯部における若干量の穿通が原因でオトガイ下動脈を損傷するとは夢にも思いませんでした。私はこれまで3万本以上のインプラント手術を行っており~中略~出血性の事故は今までありませんでしたし、そのような症例報告もこの部位に関しては耳にしたことはありませんでした。」

って「そんな血管の話は知りませんでした」で通そうとしたのは、さすがに嘘だろと。知っていたら「じゃあ何故やったのですか」とこじれますが、「知らぬ存ぜぬ」で押し通せば「無知のなせる業」で終わりになりますから。

司法解剖

以下はForensic Dental Science(日本法歯科医学会誌). 2009からの抜粋です。

顔面動脈から分枝するオトガイ下動脈が右顎下腺の内方を走行する部で断裂されており、周囲には軟組織に厚層の出血を認めた。同部の断裂は穿孔部から露出した切削バーが付近を走行するオトガイ下動脈を巻き込み、牽引的な力が作用して生じたものと推定された。~中略~死因は、右オトガイ下動脈の損傷が口腔底、舌、頸部筋肉内に出血を与え、これに伴って生じた気道閉塞による窒息死と考えられた。

ふんふん、ここまでは周知の通りです。

しかしここからが問題の部分。

医療行為の妥当性については、単純な偶発症として捉えることが困難な面があった。本屍においては、事故を惹起した右下顎骨の切削部位のみならず、本件とは直接関係しない左下顎骨の4つの切削部位においても穿孔状態であり、何らかの目的で意識的にそのような切削術を執っていた可能性が疑われた。

・・・これアカンでしょ。この先生、意図的に全て穿孔させる手技をとっていた様です。いや、事の真相は本人に聞かないとわかりませんが、左右5本全部穿孔させている点から見ても、限りなく黒に近いグレーです。度胸満点過ぎます、恐ろしや・・・。

いや本当に危険を知らなかったら相当◯◯なので業界から消えてもらったほうが世のため人のためなんですが。

その後も文は続きます。

顎・口腔の解剖学的形態を熟知した歯科医師であれば、このような術式は極めてハイリスクである事が認識できていた筈と考えられる。その他、これまでも国内外において、本件と類似するインプラント事故や偶発症例に関する多数の報告等が為されており、担当医が常日頃から医療安全に関する研鑽を積んでいたのかは疑問として残る。

もうフルボッコです。

本当の問題点

しかし、僕は血管がどうこうとか術式がバイコルチカルで穿孔したくらいならばまだ弁解の余地があったかと思います。世の中場合によってはリスキーな手技を採る事もあるからです。僕が裁判所の判断と異なるのは、この先生、患者の全身状態の把握があまりにもあまりにも貧弱過ぎるのです。

え、こんなんで裁判所は何も言わないの?突っ込みどころ満載すぎて見てるだけでお腹いっぱいなんですが・・・。

これも経過を追いましょう。

始まって早々に患者の収縮期血圧が200を超えていますが、この状態で突き進むのは正気の沙汰ではありません。まさにこれこそが無知のなせる業・・・いや、たまにいますよ血圧200超えでもインプラント埋入やり続ける人とか。どんな数値を叩き出しても対処しないのなら、わざわざモニタリングする意味あるんですかね…と思いますが。歯科医院でも生体モニタをもっと普及させるべきだって先生がいますが、モニタリングしてもその意味がわかっていなきゃどうしようもないので教育が先です・・・が道のりは果てしなさそうです。皆さん、あんまり興味ないですから。

恐らく口腔底が(多分)出血で膨隆したのに気づいた時点が119番をする最初のタイミングだったでしょうに、よっぽど救急車を呼びたくなかったのか、以降は患者の容態がみるみる悪化していっても粘り続け、どんどん底なし沼にはまり込んでいきます。

とりあえず出血して口腔底が膨隆したことで、後は気道閉塞へまっしぐらです。経過を見れば一目瞭然ですが気道管理も滅茶苦茶。通常、呼吸器系疾患の既往もなく無鎮静でSpO2が80%台前半となれば尋常ではありません。

パルスオキシメーターはそれなりにリアルタイムで計測しているので徐々に下がっていったはずですが、ここまで何の対処もしなかったのも無知のなせる業。そりゃ暴れますよ、息できないんですもの。で、苦しくて暴れたら押さえつけられたと。悲惨です。さすがにもうこの位で救急車呼べばいいものを、この先生何を考えたか東京医科歯科大の口腔外科に在籍していた息子に電話で応援を頼んだのです。

よっぽどよっぽどよっぽど診療所に救急車を呼びたくなかったのでしょう。

患者が静かになってからも自発呼吸があったと主張していますが、これまでの状況から考えてもう気道は通っていません。いくら肺が頑張っても空気の通り道が出血で腫れて閉じてしまっていますからどうしようもありません。後は上記の通り残念な結果となりましたが、機会があれば是非ともこの先生にここまで救急車を呼ばなかった理由をお聞きしてみたいものです。こんなの書いていますからぶん殴られるかもしれませんが。

終わりに

正直な話、明日は我が身なんであまり叩きたくはないのですが、この一連のお粗末過ぎる流れを見ると、全くもってこの先生を擁護できないんですよね。「これやっちゃいけないよ」のオンパレードでダメな例の見本市みたいになってますから。

生命はお金で買えませんが、とりあえず和解金は5935万5137円でした。

おまけですが、事故のあった飯野歯科八重洲診療所は流石に名称をそのままにはできなかったのでしょう、「医療法人社団アゼリア会 東京日本橋歯科」と名前を変えて再出発しています。

 

インプラントって本当に怖いですね、それではサヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。